のん木草・みどり見て歩き

ニホンスイセン日本分布

昨日に引き続き、ニホンスイセンを掲載します。

スイセンの染色体は3倍体ですので、有性生殖できずに実は成りません。もっぱら無性(栄養)生殖で、球根を増やすことで子孫を残しています。

スイセンは、地中海沿岸、カナリー島の原産ですから、どのようにして、球根が日本へ渡来し、日本で生息するようになったのかを考えると興味があります。
ヨーロッパから、小アジアを経由して中国に渡り、それから、古くに日本に渡来したそうですが、はっきりした記録がないので、本当のところは判りません。日本での分布は、本州以南の比較的暖かい海岸近くで野生化し、群生が見られます。

越前海岸も淡路島、下田の爪木崎などとともに、日本の自生地として有名です。4年前の1月10日に、かわさき市民アカデミーのサークルである葉っぱ会の有志8名が、わざわざ見に行ったことがあります。現地案内人の話では、ここのスイセンは、自生の野生原種から殖やしたとのことでした。もしかしたら、球根が西アジアの方から海を流されて、越前海岸に漂着したのかなと想像した記憶が残っています。
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実は、越前海岸へ行ったのは、富山県氷見でブリを食べ、福井県越前海岸で越前ガニを食べるのが最初の旅行目的でした。グルメ食べ歩きだけでは、葉っぱ会の見て歩き行事にはならないので、高岡瑞龍寺、金沢兼六園、越前海岸の水仙自生地、日本海側最大の植物園などを見て歩きしてきた次第です。でも、今でも、思い出話になるのは、スイセンでなく、食べた越前ガニの美味さです。
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さて、房総のスイセンは嵯峨山、富山などに登山した時に見ていました。また、昨年1月21日に、千葉県鋸南町の「をくづれ水仙郷・江月水仙ロード」にも、みどり学Ⅱ講座の野外授業で行きました。房総のスイセンは大正時代に始まった花栽培以降に、植栽されて殖えたものとのことでした。でも、太平洋戦争の食糧不足時代には、スイセンの球根は食糧にならない有毒であることから、栽培禁止作物とされ、花栽培をしていた人は非国民呼ばわりをされたそうです。スイセンの球根処分を迫られた花栽培業者は廃棄処分にはスイセンが可哀想なので、球根を房総の山中にそっと隠して植えたそうです。その結果、房総の山では,山頂近くでもスイセンが見られることになったそうです。
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さて、日本の分布状況を全部調べたわけではありませんが、山に自生しているスイセンのルーツをたどると、人間が何らかの関与をしていたと考えられますね。海に近いところのスイセンは、もしかしたら、海が漂流させた自然による自生かもしれないと思われます。
本日はここまでとし、明日に、八重咲きのニホンスイセンなどについて掲載します。
以上
by midori7614 | 2012-01-10 17:24 | 身近なみどり
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