のん木草・みどり見て歩き

日向薬師のヒガンバナ

昨夜は、お天気に恵まれ、仲秋の名月を、夜8時頃にきれいに眺められました。
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本日は、朝のうち、6時から7時半まで、庭の草取りをしてから、朝食をとりました。8時半頃から、天気予報どおりの雨降りとなりました。午後から、息子家族が来るので、家の中を片付けたり、パソコンに向き合ったりしています。

今日は彼岸のお中日ですので、ヒガンバナを取り上げてみます。
21日に、かわさき市民アカデミーのサークル「みどり会」で、日向薬師のヒガンバナを見に行ってきました。ご参考に、行程を記載しておきます。

伊勢原駅9:45→(バス)→高橋バス停下車→(日陰道・かながわ古道50選)→日向薬師参道入り口→日向薬師境内(昼食)→日向薬師林道起点→神明橋→田んぼの自生地の小道→坊中バス停→→道祖神→→日向薬師コース道標前→→緑化見本園前→→県立自然保護センター本館前→七沢温泉入口14:18→(バス)→14:50頃・本厚木駅

今年は、残暑が厳しかった影響で、ヒガンバナの発芽が各地で遅れています。日向薬師もその影響をうけていましたが、咲いている花を各所で見られて、ほっとしました。

ヒガンバナ(彼岸花)は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。クロンキスト体系ではユリ科となりました。リコリス、曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれています。ヒガンバナ(彼岸花)の名前の由来は、秋のお彼岸の頃に花が咲くことによると言われています。別名のマンジュシャゲ(曼珠沙華)は、仏教の梵語で、天界の美しい赤い花の意味だそうです。

道端などに群生し、9月中旬に赤い花をつけるが、稀に白いものもあります。夏の終わりから秋の初めにかけて、花が咲くその姿は独特で、全草有毒な多年生の球根性植物です。

ヒガンバナのつぼみと開花した花。
高さ30 - 50cmの枝も葉も節もない花茎が地上に突出し、その先端に包に包まれた散形花序が一つだけ付きます。苞が破れると5 - 7個前後の花のつぼみが顔を出し、しばらくして開花します。
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ヒガンバナの花アップ。
6枚の花びらが放射状につきます。花は短い柄があって横を向いて開き、全体としてはすべての花びらが輪生状に外向きに並びます。花びらは長さ40mm、幅約5mmと細長く、大きく反り返ります。オシベ6本、オシベより長いメシベが1本です。
日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、染色体は三倍体です。故に、雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができません(遺伝子的には雌株である)。日本の彼岸花は3倍体で種子がなく、鱗茎で増える形で分布します。中国の揚子江流域のものは、2倍体で種子を付けるので、中国が原産地とされています。
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シロバナヒガンバナ。
ヒガンバナの白花に似ていますが、花弁がさほど反り返らず、またやや黄色みを帯びています。葉もやや幅広いので、一説では、染色体二倍体のショウキズイセンとヒガンバナの仲間との雑種であるとも言われています。
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ヒガンバナと日向薬師の里風景。
ヒガンバナは、昔から、稲作、飢饉、仏教などとの関係で、人間社会と深い係りがあったので、各地で、それぞれ異なる500~1000程の名前があるそうです。
毒がありますが、鱗茎(球根)をすりつぶして水にさらすと毒が抜け、食用になるので、稲作や仏教とともに、飢饉の時のための救荒植物として中国から伝わって、野生化したと考えられています。
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黄金色の稲穂とヒガンバナ。
田んぼの畦や畑や川の土手に多いのは、モグラや野ネズミから畦や畑や川の土手を守り、田んぼの水漏れ防止に役立っていたようです。また、飢饉の時の救荒植物として植えられたようです。
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稲刈りが済んだ田んぼのヒガンバナ。
畦を守ることにより稲作に寄与し、水害を起こさないように土手を守り、更にイザというときに救荒植物として、いろいろな面で人間に役立ってきた有用植物です。
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お墓のまわりのヒガンバナ。
土葬後、死体が動物によって掘り荒されるのを防ぐため、植えられたようです。また、寺の境内や墓場に多いのは、先祖の供養のために植えたからとも考えられています。
墓場の花として、昔から忌み嫌う人もいます。でも、ヒガンバナのために反論しておきます。原産地の中国では、この花は縁起の悪い花ではありませんし、吉凶に最も厳しい日本の生け花の世界でさえ、不吉な花とか禁花などではなく、おおらかに立てて鑑賞し、供花にしていました。また、法華教や梵語からは、昔から大切な仏花となっています。
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なお、調べたことを、ご参考に記載しておきます。
ヒガンバナは北海道から琉球列島まで見られます。でも、日本自生ではなく、日本には中国から帰化したものと考えられています。(日本の彼岸花は3倍体で種子がなく、鱗茎で増える形で分布します。中国の揚子江流域のものは、2倍体で種子を付けるので、中国の揚子江の上流が原産地とされています。)その経緯については、稲作の伝来時に土と共に球根が混入してきて広まったと言われていますが、土に穴を掘る小動物を避けるために有毒な鱗茎をあえて持ち込み、あぜや土手に植えたとも考えられています。また鱗茎は薬になり、救荒食でもあります。そのような有用植物としての働きを熟知しての運搬の可能性も無視できないという説もあります。
人里に生育するもので、田畑の周辺や堤防、墓地などに見られることが多いです。特に田畑の縁に沿って列をなすときには花時に見事な景観をなします。湿った場所を好み、時に水で洗われて球根が露出するのを見かけます。なお、山間部森林内でも見られる場合がありますが、これはむしろそのような場所がかつては人里であったことを示すと見るべきであります。
また、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。故に、雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができない(遺伝子的には雌株である)。中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。

全草有毒で、特に鱗茎には、デンプンを多く含んでいるが、有毒のアルカロイド(リコリン)を多く含まれています。誤食した場合は、吐き気や下痢、ひどい場合には中枢神経の麻痺を起こして死にいたるそうです。田の畦(あぜ)や墓地に多く見られますが、これは前者の場合ネズミ、モグラ、虫など田を荒らす動物がその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ように、後者の場合は虫除け及び土葬後、死体が動物によって掘り荒されるのを防ぐため、人手によって植えられたためである。ただしモグラは肉食のため、ヒガンバナに無縁という見解もあるが、エサのミミズがヒガンバナを嫌って土中に住まない。そのためにこの草の近くにはモグラが来ないともいう。
鱗茎はデンプンに富み、有毒成分であるリコリンは水溶性であるため長時間水に晒せば無害化することが可能です。しかし、毒抜きの時間が不十分であったり、長期間食して有毒成分が体内に蓄積したりしたために中毒を起こす危険があり、素人は食べないようにしたほうが良いです。花が終わった秋から春先にかけては葉だけになり、その姿が食用のノビルやアサツキに似ているため、誤食してしまうケースもあるそうです。
鱗茎は石蒜(せきさん)という生薬名であり利尿や去痰作用があるが、有毒であるため素人が民間療法として利用するのは危険です。
以上
by midori7614 | 2010-09-23 15:09 | 身近なみどり
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