のん木草・みどり見て歩き

変化アサガオ

連日の猛暑にうんざりしてきましたね。本日は、毎月1回の内科検診へ行ってきました。往きは、8時前の涼しいうちに出かけましたが、予想外に時間がかかり、帰りは11時過ぎとなって、陽射しの強く、熱くなったアスファルト道路を、歩いて帰ってきました。すぐ、風呂に入り、クーラーの部屋に入ってしまったら、もう外には出られないですね。

今日のブログには、予告しましたとおり、変化アサガオを掲載します。

横浜市こども植物園で、8月14日~29日に、変化アサガオの展示「江戸からの贈り物・変化朝顔のふしぎな世界展」が行われていることを、8月21日讀賣新聞夕刊「ふしぎ科学館」欄で、知りました。こども植物園なので、孫と一緒に行けるかと思い、誘ってみましたら、断わられてしまいましたので、孫が帰るまで待って、最終日の29日朝一番入場で、見に行ってきました。
たまたま、NHKハイビジョンの「いのちドラマチック」の30分番組で、「変化アサガオ」をテーマに、9月1日21時30分(再放送9月2日午前7時00分)から、放映が予定されています。この番組も、いつも判り易いので、ご興味のある方は、是非見て下さい。

まず、普通にアサガオと言われるものから、始めましょう。
アサガオ(朝顔、牽牛花、蕣)は、ヒルガオ科サツマイモ属のつる性の一年性植物。奈良時代頃に薬草として中国から渡来したといわれますが、日本では花を楽しむ園芸植物として栽培されるようになりました。
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アサガオの祖先と言われるのはヒルガオです。
ヒルガオ (昼顔)は、 ヒルガオ科 の植物で、 アサガオ 同様朝開花しますが、昼になっても 花 がしぼまないことからこの名があります。 つる性 の 多年草 で、地上部は毎年枯れます。
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さて、本日の本命の変化アサガオに移りましょう。
江戸時代に、自然突然変異によって生まれた珍しいアサガオの花を大切に育てた変化朝顔(へんかあさがお)と呼ばれ、流行しました。この頃に作られた変化朝顔の多くは、現在では、九州大学やアサガオ愛好家などの努力により現代にも受け継がれています。
とても朝顔とは思えないような奇態をしめす花や葉を鑑賞する変化朝顔は江戸時代から受け継がれて来た伝統的な園芸植物で、花の色・模様・葉が遺伝的に変異により変化した個性的な朝顔です。例えば、花弁が細かく切れたり、反り返ったりして本来の型から花や茎葉が著しく変化した朝顔で、日本独特の珍しい園芸植物です。桔梗咲き、采咲き、台咲き、車咲き、獅子咲き、牡丹咲きなど、様々に変異し、とても朝顔とは思えないものがたくさんあります。
変化朝顔の中でも数が希少なものは「出物(でもの)」と呼ばれ、種子ができない(もしくは非常に結実しにくい)ため、次の変化朝顔を育てるには変化咲きの遺伝子を持つ兄弟株の種を蒔いてその出現を待ちます。そのため、品種の維持継続は情熱と根気、するどい観察眼が必要とされますので、その朝顔たちに注がれる愛情は並々たるものではありません。
 江戸時代の後期100年間に、人工的交配もせずに、約1000種類の新種が誕生したしたことは不思議ですね。実は、変化アサガオが登場した頃から、アサガオの遺伝子が急に変化し易くなったそうです。難しい話になりますが、アサガオの細胞には、遺伝の設計図を書き換える性質を持つ「トランスポゾン」という特殊な遺伝子が約1000個も存在するそうです。この特殊な遺伝子は、江戸時代以前には眠っていたようですが、江戸時代に変化アサガオが出現したのを引き金となって、急に目覚め、花の形や色を決める遺伝子を頻繁に書き換えるようになったらしいのです。不思議で、面白い話ですね。

展示の光景。
朝顔の名前のとおり、ご覧になる場合には、なるべく早く行かれた方が、花がきれいです。昼頃になると、萎んでしまいます。
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展示名に従い、いくつかご紹介しましょう。
台咲き牡丹(白花)
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青牡丹咲き。
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紅牡丹咲き。
この種子を25粒、購入してきましたので、来年5月に蒔いて、栽培観察するつもりです。
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切り咲き牡丹。
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紅采咲き。
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撫子采咲き(青紫色)。
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撫子采咲き(白色)。
この種子も25粒、購入してきましたので、来年5月に蒔いて、栽培観察するつもりです。うまく咲いたら、来年のブログに、その栽培観察記録を掲載したいと考えています。
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なお、変化アサガオの歴史について、もう少し詳しい記事を、ご参考に記載しておきます。

変化朝顔の主だった変異のほとんどが江戸時代・文化文政期のアサガオの第一次ブームの際に起こり、選抜されました。嘉永安政期には再びブームを迎え、より複雑な不稔系統を鑑賞していますが、当時は受粉のメカニズムも明らかになっておらず、これらの突然変異系統は自然交雑によってたまたま分離してきたものを選抜して鑑賞していたようです。図譜に載っている朝顔も、多数の劣性変異を多重に含むものが多く、当時は確立した系統として維持していたわけでないようでした。
 明治維新を境に 朝顔の栽培は下火になりますが、再び世の中が落ち着きをみせてくる明治中期ごろから、地方で細々と系統が維持されていました朝顔が再び中央で栽培されるようになりました。当初は牡丹咲きなど単純なものが鑑賞されていたようですが、東京、大阪を中心として地方にも同好会がいくつも結成され、再び嘉永・安政期の朝顔をしのぐような系統が作られるようになりました。自然交雑にまかせていた江戸期と違い、人工交配を利用して雪の部(采咲牡丹)、月の部(車咲牡丹;縮緬+立田+牡丹)、花の部(獅子咲牡丹;獅子+牡丹)、獅子の部(獅子咲)の絞られた4つのジャンルにおいて、より高度な系統が鑑賞されてきました。また安定して出物が出てくる系統が確立されました。
これらの系統の収集・保存が国立遺伝学研究所(三島)の竹中要氏(サクラの遺伝子保存でも有名な方)によって始められ、1993年にこれに従事していた田村仁一氏が退官するまで継続されていました。その後、これらの系統は九州大学に移管され、種子の更新を再開して現在に至っています。
また川崎の個人愛好家も変わり咲き朝顔同好会を設立するなど変化朝顔の保存・普及に努めました。他にも少数の愛好家によって保存されています。
以上
by midori7614 | 2010-08-31 15:51 | 関東のみどり
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